光栄にも、「雲を掴んで」の外村さんとコラボをさしていただきました

神の試練−信じる者は救われたい−



 こんにちは、水谷文貴です。
 誰に向かってしゃべりかけているのか俺も分かりません。でも誰かに聞いてもらいたくて。ぶっちゃけ独り言でもいいんだけど。

 俺は、神様を怒らせてしまったみたいです。


 水谷の目の前に、視界いっぱいに肌色。褐色に近い、太陽にやけた色の頬。
 その距離、5センチ。ここが臨界点。越えたくて越えられない、境界線。
 水谷はもう長い時間首を左にもたげたまま、まぶたを閉じて口を僅かに開けてゆるやかに揺れるその顔を眺めていた。 


 神様。何で俺にこんな過酷な試練を与えたもうたのですか。


 おかしな日本語で神を呪って、それでも5センチの距離から離れようとはせず。できず。
 触れたいという思いは禁忌。寝てるから分からないなんて考えは自己中で浅はか。それくらい自分でも分かってる。


 そんな無防備に寝るなよ。バカ。ばーか。部屋に二人でいられるのはうれしいけど、今のこの状況はありがたくない。俺、忍耐力ないんだよ。襲っちゃうぞ。キスしちゃうぞ。

 ……頼むから。早く起きてくれ。










「昨日の金曜ロードショー、うっかり見逃した……」

 土曜日の練習後。着替えをしながら、そんな声が耳に届く。
 がやがやと喧騒の中、花井の声にだけは犬並みの聴力を発揮する水谷はチャンス、と呟いて花井に近づく。

「花井、俺録画したけど、見に来る?」

 カッターシャツのボタンを留めながら話しかけると、もう着替えは終わって鞄に汚れてしまったユニフォームを詰め込んでいた花井がぱっと顔を上げる。

「いいのか!?」
「いいよ〜。俺も昨日見れなかったから、今日見ようと思ってたとこだし。来いよ」

 なるだけ自然なニュアンスで。でも最後の『来いよ』が少し不自然に強くなってしまって水谷は慌てる。
 だが花井はそんなことには全く気づかないそぶりで、ありがとうって嬉しそうに口にした。その笑顔に水谷は思わずよろけて、巣山にぶつかる。

「何してんだよ、水谷」
「わ、悪い。じゃ、さっさと着替えるから花井ちょっと待っててな!」

 狭い更衣室の中を驚くほど早くすり抜けて自分のロッカーにたどり着いた水谷は、殺気立って着替えて鞄にぐしゃぐしゃと服を捻り込んで無理やりファスナーを閉めて「お先!」とロッカーを閉める。

「あぁ……」
「お疲れー」

 なんだあれ。どしたのあいつ。水谷変じゃね?
 そんな声は水谷には聞こえてない。今の水谷は花井しか見えてなくて花井の声しか聞こえてない。


 だって、こんな、こんなチャンス二度とないよ。
 花井が俺の部屋に来るんだよ。しかも一人で。つまり部屋に二人きり。いや、目的は昨日の映画だけど。俺はオプションだけど。
 でも二人で映画を見るなんて、デートみたいじゃんか。映画館みたいに人目を気にすることもないし。
 本当に昨日ビデオ撮っておいてよかった。姉ちゃんの部屋のテレビ壊れたって、昨日は部屋占領されてて。ベタな恋愛ドラマを見てた。
 リアルタイムで見る予定だったのを録画になったのは悲しかったけど、こんな展開になるなら喜んで姉ちゃんに部屋貸すよ! 姉ちゃんまじありがとう!!




「本当にいきなり行ってもいいのか?」
「何今更。うちはそーゆーの全然気にしないけど」
「で、でも。何か手土産を……」
「あーいらないいらないよ」
「そういうわけには」
「花井って本当にマメだよなぁ」

 水谷はそんな花井が好きで仕方ない。律儀で礼儀正しくて、結構頑固ででも流されやすい。
 そんなことを考えて笑っても、花井はでも、と言い渋るから。

「じゃあさ、コンビニでお菓子買ってこ! ビデオ見ながら食う分! で、ちょっと多めに買って余ったやつを進呈してもらう。それでいい?」
「あ……うん、それなら……」

 こくん、と頷く花井をとても可愛く思う。


 俺よりもよっぽどでかいのに、可愛いんだ。本当。俺顔緩むの止められないよ。花井、今は俺の顔を覗くなよ。










 何の挑戦だろう。何でこんなことになってるんだろう。


 ポテトチップスを食べながら最初のうちは話をしながらのんびりビデオを鑑賞していたはずなのに、どんどんストーリーが進んでいくに従って真剣に見始めて。で。気づいたらこの状態だった。CMになってリモコンで早送りしていた時にふと隣を見たら、だ。
 ベッドにもたれて、長い足をだらんと伸ばして花井は眠っていた。

「は、花井……? 本気で寝ちゃったの、か……?」

 呼びかけても返事はなく、くー、すー、と寝息が聞こえて胸がそれにあわせて僅かに上下するだけ。
 いつもよりほんの少しだけ眉尻が下がっていて、表情を幼くしていた。


 えと。やばいんですけど。気にしちゃいけない。寝かせてあげとこう。俺は続きを見るんだ。今いい展開なんだよ。すごいスリリングでラストに向かって物語が収束するところ。はっきり言って見せ場。
 それなのに。
 それなりに大きな音のTVよりも寝息が耳について横目でついその寝顔を盗み見てしまって。あー集中できねぇ!

 触りたい。触っていいかな。
 起きない、よな……?


 水谷の思考に据え膳という言葉が浮かんで、さすがにそれはまずいと思っても、体はもう花井の方を向いてしまっている。
 心臓をバクバクさせて、水谷の左手が伸びる。花井の頬に触れるか触れないかのところで躊躇して、止まる。


 俺は今、神様に試されてる。絶対そうだ。何でこんな試練だよ。
 花井の馬鹿。何でそんな無防備に寝てんの。この騒がしい映画の中、どうして寝られんの。
 花井ばっか気になって、俺この映画見んの楽しみにしてたのにさっぱり頭に入ってこねぇよ。バカ。
 そんな呑気に俺の前で寝顔さらしてたらチューしちゃうぞ、こら。俺花井に欲情できんだよ? もっと危機感とか持てよ。気づいてないんだろうけどさぁ。キャプテンだから疲れてるのも分かるし。田島と三橋と俺の面倒だけでいっぱいいっぱいだよな。ゴメン。俺、もうちょっと花井が安心できるようにならないとだめだよな。反省。

 結構綺麗な顔してんだよな、花井。触りたいよ。キスしたい。今ならきっとばれない。でも、こんなの、ダメだよな。でもしたいんだ。欲しいんだ。でも。
 どうしようどうしよう。あーもうスタッフロールが流れてるよ。結局ラスト分かんなかったけど、今はそんなんどうでもいいよ。


 手を伸ばしてはやめ、顔を近づけてはやめ、水谷は自分の理性に祈る。
 合意がなく触ってもキスしても、それは後でむなしくなるだけ。そして花井のことを考えればそんなことはできないはずだ。
 誰よりもその答えを分かってる。5センチの均衡を、意地でも守り通さないといけない。








 結局指一本花井に触れることなく、水谷は必至に花井から目をそらしてビデオを巻き戻して、食べ散らかしたゴミを片付けた。
 窓にかかったカーテンの向こうはもう外灯がともって、夜を知らせていた。花井が起きる気配はない。
 明日は練習午後からだから、別に今日は無理して帰らなくてもいいんだけど、それはそれで大変なことになるなと水谷は今日の自分の運命を呪う。祝ったり呪ったり、忙しい日だ。疲れていた。


「花井、花井、な、もう暗くなってる。どうすんの? 泊まってく? なら連絡しないとまずいんだろう?」
「……んー」

 完全に寝ぼけた花井は、目をこすりながら水谷を見て、そしてまた瞼を閉じた。

「花井ー……」

 だめだこりゃ。とりあえず、ベッドに寝かせてやって、母さんに花井の家に連絡してもらって、そんで。俺はどこで寝るんだ……。
 花井の隣は無理だ。俺無理。絶対無理。だって、俺のベッドシングルだし。そんな密着したらもう俺やばい。今でも十分やばいけど本当やばい。
 理性もう残ってないから。もうこっそりリビングのソファで寝よう。うん、それが妥当だ。

「おやすみ」

 花井におやすみ、なんて言葉を言うの少し憧れてたけど。これは決して欲しかった状況じゃない。
 俺は、花井も起きてて、二人で眠りにつく、そういうおやすみが聞きたかったんだよ……。


 水谷のそんな独り言は眠りこけた花井には届くはずもなく、カチャリと静かに扉が閉まった。







 神様は何でこんな試練を俺に与えたのか。
 きっとそれは「早く言え」ってことなんだろう。そういうことを伝えたかったんだろう。
 臆病者でいつでも調子に乗ってしまう俺に荒療治のつもりで。
 勝手だけど、そう解釈することにした。だって、神様って、自分が信じたいように信じるものじゃんか。

 無防備に俺の横で寝息を立ててくれるのは信頼の印。友情かもしれない。自分と近い感情かもしれない。
 でもそれを予想するのはまた浅はかなことなんだろう。
 気持ちは言わなきゃ伝わらない。察して欲しいなんて自分勝手。
 だから言おうと思う。花井が好きだ。溢れる。零れる。触れたいんだ、近づきたいんだ、もっと誰も近づけないトコロまで。許してくれる「たった一人」になりたい。

 心配性でしっかり者で几帳面で頭固くてそれで優しい。
 大切なクラスメイトでチームメイトで、恋人。その場所が欲しい。大切にする。優しくする。だからどうか、どうか、拒まれることのありませんように。








外村さんとのコラボ水花・・・
ほんのりギャグテイストが入ったへたれ水谷と
思わず水谷の横が安心で寝ちゃう花井がいとしくてたまらないです・・・!!!
・・・がハスのクソ絵でだいな・・・し・・・す、すみませ・・・!!!(滝汗)

なちゅ、素敵SSありがとうでしたあ!!





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